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せっかく自由になれる乗り物を得たのだから、どうにかうまく使いたい。しかし高級品を得たからと、
物事が上手になれるわけではない。きっと上達するべき工夫やアイデアが必要なのでしょう。
『道具とは使い手の知性を計るモノサシ』といいます。達成感を得れるには全て自身のやる気にかかります。
今までにMTB乗りでの苦楽の記憶を頼りに、気付いたことを回想してみました。
自分らしさがわかる方法。
人々が日常の中で目覚め、いったん自宅ドアを開け外に出れば、意識の世界に入っていきます。そして私自身、会社に着けば部下には指導を。上司からは期待を。そんな社会で挟まれる世代ですから知らぬうちにジレンマも抱えていきます。職場の中では仕事も自分なりにこなしているはずなのですが、出来事の中でわくわくする初体験などほぼありません。
学生時代の仲間に久しく会っても、語る夢も枯れ「醒めちゃったなお前も」と寂しくなるのです。そんな自分がガムシャラに山を駆ける理由とは[魂の再生]のよう。日頃の小さな問題もストレスも山で捨てられるのです。
そして苦難を乗り越えるたび「自分には無理」などという固定観念が取り払われます。善悪関わらず、自分がしたことは自分に還ってくるのでしょう。我が身を活かす方法を望まなければ「自分らしさ」まで失うのではないかとそう思えるのです。

2003.5.20 MASA
なつかしさの価値。
時が過ぎ過去を振り返り、そのなかの出来事を懐古することがあります。多くは自身が幸福で充実した時のこと。しかし思い出したくないことも、今の自分を形成して来た要素の一つでしょう。その出来事の中には、伴に過ごした人物がいるわけなのですが『なつかしい』と思える気持ちが深い程、その関係性の価値や相手への想いのレベルを正確にあらわすもの。
山駆ける時、仲間とは深い話・相談事などろくにしないのです。次の目標について「ああしたい。こうしよう」などまるで子供同士の冒険ごっこ。
しかし語らぬとも、不意に追い越したり、転んで心配してくれたり、また助けられたり。黙っていてもその負けん気・誠意は伝わるものです。励まされるとか意志を交すのに、あてになるのは態度だけなのでしょう。懐かしい出来事とは、結局己が賢明に生きた時のこと。「自分の生きた価値」を現すものなのでしょう。

2003.7.15 MASA
七転び、八転び
山行きて
迷い走るも
知恵出して
困った顔は見せられぬ

声出して
元気な振りして
駆け出すが
確証も無きやるせなさ

これでもか
えいやと岩を
飛び越えて
かっこつけるは
よいものの
つぎの障害見逃して
地に果て空を見た後に
我が身を笑う皆が立つ

2004.1.5 MASA
ふりむけば皆は笑っていた
矛盾や不満だらけの日常を繰り返すうち
自分らしさも忘れてしまう
なにもかも器用にこなせることは
できないが これまでしていない何か
第一歩を踏まなくては
それは20世紀も終わる頃

鮮やかな自転車でさっそうと街を
駆ける人がいたなにか嬉しそうに見えた
若い人も年輩の人も見かけた
年代に関わらず楽しいのか
活き活きしている
自分をよく変えるために
打込むことも見つからず
もがくばかりの人もきっといる
それならまだましで
悩みなどないふりをし
不満な生活でただ自身を
ごまかしている人もいる
今の自分に欠けているものを考えた
仕組みも分からず
とりあえず自転車を買った
自分もペダルの第一歩を踏み出した
通勤に使ったり その道順を変えて
寄道したり一人で転けて痛いのに笑った
見過ごしていた街角に
こんな豆腐屋があったのか
こんな遊歩道があって
こんな花が咲いていたのか
子犬とも目が合ったり
小さな発見が嬉しかった
車と徒歩の中間速度が新鮮に思えた
渋滞をよそ目に駆けていくことも
爽快だった あてもないのに
気ままに出かけた
疲れて部屋で寝てもそばに自転車がいた
ある週末 自転車を載せて
走る車があった
まるで見せびらかすように
去っていった
何処に運び乗るのだ
山だというのは分かるが
人の車は止めて聞けないな
自分も車に積んでは行き先を探した
ガイド本を頼りに田舎に行っても走れる山は
本当にあるのか 汗だくになって
山道を探した日が暮れ途中であきらめた
震えながら山を下った
それでもまた他を探した
どうしてだろう
若き日には知らぬ事柄を新鮮に思え選べるが
歳を重ねるたび
質が伴わなければすぐ醒める
時間の経過と体験の質は比例しない
しかしその行動は飽きず 懲りなかった
金や力があってもそれだけでは
何も持続しない 今の自分を否定し
苦しむことがあっても 本当の自分が
分かってくるような気がした
この山走りがその機会だと気付いた
速い車で目的地に着くことに
達成の価値を感じなくなった
懲りない行動を重ね ようやく
まともに野山を走れるようになった
見返りも望まず己と
見つめあえる行動だと感じた
知らぬうちに3年も山道を探していた
そのうち半分は満足いかぬ道だった
途中で知り合う同伴者も呆れていた
洒落た街にも店にも興味を示さず
山以外には行かないのだから
行動範囲を拡げるには他の知恵も
求めなければ
自分と同じ志の人はいないか
街で良く見るのだから 一人ぐらい
通勤中 道すがら挨拶してみて
山に行く人を探した
一人づつ仲間らしい人が増えた
シャイな人もいた
年齢職種はどうでもよかった
走りたいだけでよかった
おとなしい人物でも伴に走ると
その人格が良く分かった 
きつくても嬉しくても
感情があらわに出る
過去の自分もこんなだったのか
充実感味わうごとに
行き場を拡げ 皆大らかになった
積極的な者から
自身に欠けているものを山で見つけ
本来の姿を取戻しているようだった
山を駆けることが大人の
たしなみだとは思ってはいない
逆に皆少年少女になってしまう
それはごまかす必要のない
好きな自身の状態だろう
つまらないと思ったことは一度もなかった
同志と駆ければ苦しみは半分になり
嬉しい出来事は倍に感じる
次の約束もせず 最終目的のない行動は
また続き いつまでとも考えなくなった

いつも先を急ぎ山道を探るうち
ふと振り向けば、いつも皆笑っていた

2003.12.10 MASA
『希望の峰へ』大菩薩峠より
麓から眺める時
より高きものに希望を向ける
頂きを超えて行く時
そこから見る彩りに驚き
誘われた情景に憩い傾ける

我々は次々と森に吸い込まれる
何しに来たのだと大木が問う
二つの車輪でこの山を
くすぐりに来たのだとからかう
簡単に通さぬと ここの主たちがたくらむ
傾斜にコブを出し 木の根を延ばし
どの道でもいじわるを仕掛ける 
そこでまんまと転げてしまう
まるで人の心の隙を読むようだ
仲間や自身でさえも
転げて嬉しいはずはないのに
おかしくてしょうがない

また草々が通せんぼするが
それとわからぬ小径を通っていこう
知らずして尾根を通る風が
ほのかに木の香を運ぶ
愛らしい草花に 威張って陣取る大岩に
ひとつづつ何かに触れることが
異界による心の癒し
己を喜ばせる深い意味を持つ

そして地球は引力を使い 我らを地に戻す
きっと何か用でもあるのだ
さっさと降りてまた働けとな
しかしまたこの山に呼び戻されるのだろう
そこでしか得れない喜びのために

2004.8.16 MASA